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名古屋地方裁判所 昭和41年(ワ)182号 判決 1966年6月27日

原告 林真弓 外二名

被告 林染工有限会社

主文

被告は、原告林真弓に対して金三〇万円、及びこれに対する昭和四一年二月三日より完済まで年五分の割合による金員を支払え。

原告林昭次、同林八重子の請求を棄却する。

訴訟費用中、原告林真弓と被告との間に生じた分は被告の負担とし、その余の原告らと被告との間に生じた分は同原告らの負担とする。

この判決の第一項は、仮に執行することができる。

事実

第一、当事者双方の申立

原告訴訟代理人は、「被告は原告真弓に対し金三〇万円、原告昭次、同八重子に対し金一〇万円宛、及びこれらに対する訴状送達の翌日より完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め

被告は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求めた。

第二、当事者双方の主張

(原告の主張)

原告訴訟代理人は、請求の原因として

一、原告真弓(当時三才)は、次の如き交通事故により傷害を受けた。

(一) 日時 昭和三六年三月一九日午後二時頃

(二) 場所 愛知県西加茂郡猿投町大字下伊保地内の県道(飯田街道)

(三) 加害車 訴外丹羽昭夫の運転する普通貨物自動車(愛四ぬ六〇〇一号)

(四) 事故の態様 丹羽は加害車を運転して右道路を東進していた際、道路を横断中の原告真弓をはねとばした。

(五) 傷害 入院治療五〇日を要する頭部打撲傷、頭蓋骨折等の重傷(この点は後述のとおり)

二、帰責事由

被告会社は、丹羽を自動車運転者として使用し、かつ加害車を所有する者であるから、自賠法第三条による責任がある。

三、損害

原告真弓は、意識不明のまゝ豊田市内加茂病院に入院し、約五〇日後退院して通院治療に切りかえた。当時、同原告の左頭部に陥没痕等若干の後遺症があつたが、小康を保つていた。しかるに昭和四〇年三月頃より、右受傷が原因して原告真弓の健康に異常を来し、頭部傷痕の疼痛を訴え、倦怠感、感覚機能の低下もあり、著しい身心の衰弱を呈するに至り、諸所の専問医の診断治療にも拘らず依然快方に向わず、その診断によれば、右症状が完全に治療する見込は薄く、却つて、将来さらに悪化し、ひきつけ発作等の虞れもあり、同原告の肉体的苦痛はもとより、両親たる原告昭次 同八重子の精神的苦痛も一方ではない。ところが、被告は原告らに対し治療費等実費の一部約六万円を自賠責保険より支払つた以外、全然誠意を示さない。このような事情によると、原告真弓の慰藉料は金三〇万円、原告昭次、同八重子のそれは各金一〇万円宛とするを相当とする。

四、よつて、原告らは、それぞれ被告に対し、前記慰藉料及びこれに対する訴状送達の翌日より完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

と述べ、

被告の主張に対し、

一、被告主張の各事実を否認する。

二、本訴は、原告真弓において昭和四〇年三月頃発生した後遺症に対する慰藉料を請求するものであること前記のとおりであり、本件訴の提起は昭和四一年一月二五日であるから、被告の時効の主張は理由がない。

と述べた。

(被告の主張)

被告は、答弁及び抗弁として

一、原告主張の日時場所において本件事故が発生したこと、訴外丹羽が被告会社に勤務する自動車運転手であり、加害車が被告の所有に属することは認めるが、その余の事実は知らない。

二、本件事故は、丹羽の過失により発生したものではない。

丹羽は、前記日時加害車を運転して前記街道を時速四〇粁で東進中、前方道路右側に原告真弓ら五名が立ち止まり、進行車両の通過を待つているのを認めた。折から、東方から大型トラツクが西進し来り、同原告らの側方を通過したので、丹羽は安全に進行し得るものと確信して右トラツクとすれ違つた直後、突如トラツクの影から、進路前方約一〇米の中央白線附近を、同原告が加害車に向つて飛び出したため、丹羽は避譲ないしは急制動の余裕もなく、同原告に衝突するに至つたものである。

三、なお、原告昭次、同八重子は、当時僅か三才の原告真弓を放置し、疾走中の加害車の前方を横断させたことは、同原告の保護監督義務を尽さなかつた重過失があるものといわねばならない。

四、仮に然らずとしても、原告らは、本件事故発生当日、事故現場において丹羽との間に、警察官立会の下に示談をなし、損害賠償請求権を放棄した。

五、仮にしからずとしても、本件損害賠償請求権は、不法行為時たる昭和三六年三月一九日より三年の経過とともに、消滅時効により消滅している。

と述べた。

第三、証拠<省略>

理由

第一、本件事故に対する判断

一  原告主張の日時場所において、本件事故が発生したことは、当事者間に争なく、いずれも成立に争ない甲第二号証の一から四、乙第一号証、証人丹羽昭夫の証言及び原告昭次の本人尋問の結果を総合すると、次の如き事実を認めることができる。

(一)  本件事故現場は、愛知県西加茂郡猿投町下伊保的場二三番附近をほゞ東西に通ずる舗装平担な直線道路(歩車道の区別なく、巾員約七・九米)上であり、その両側には空地或は農家が点在しているが、交通は決して閑散でない。

(二)  丹羽昭夫は、前記日時、加害車を運転して時速約四〇粁で右道路を東進中、左前方約三〇米の個所に、四才位の女児が同一方向に歩行中なるを発見し、また右前方約二五米の道路側端に、原告真弓ら三、四名が耕うん機を中心にして佇立しているのに気付き、同時に、前方から大型貨物自動車が対進し来るのを認めた。このような場合、自動車運転手としては、幼児たる原告真弓においていかなる挙に出るやも計り難いから、常に同原告の動静に注視し、かつ、減速徐行して同原告の態度に応じ適宜の措置を採り得るよう心して運転進行すべき義務がある。しかるに、丹羽はこれを怠り、左前方の女児のみに気を奪われ、右前方の原告真弓が依然佇立しおるものと軽信し、漫然進行した過失により、前記大型貨物自動車とすれ違つた直後、原告真弓が進路前方約一〇米の道路中央白線附近を、右から左に小走りで横断しているのを発見し、衝突の危険を感じて急制動措置をとつたが及ばず、加害車の前部で同原告をはね飛ばし、因つて、同原告に頭部挫傷及び挫創、頭蓋骨骨折、頭蓋内出血(この点は後述する)の傷害を与えたものである。

二、尤も、前掲各証拠によると、原告昭次、同八重子は、当時、本件事故現場南側の空地及び前記耕うん機附近で農作業に従事し、二女の原告真弓(当時三才)も同所附近で共に遊んでいたものであるが、両親たる右原告ら両名は、仕事に追われて、道路端で遊んでいる原告真弓の危険につき終始思いを致さなかつた事実が認められるから、本件事故の発生については、同原告の監護義務者たる原告昭次、同八重子にも、いさゝか監護義務のかい怠があるといわねばならぬ。

三、被告が加害車の運行供用者たることは、当事者間に争がないから、被告は、自賠法第三条に基き損害賠償の責任を免れない。

第二、損害額に対する判断

一  成立に争ない甲第一号証、第二号証の三、原告昭次の本人尋問の結果を総合すると、原告真弓は、前記傷害により愛知県厚生農業協同組合連合会加茂病院に約五〇日間入院し、その後は順調に回復成長したが、小学校一年生の昭和四〇年二、三月頃、とみに元気がなくなり、身体の不調を示し、頭痛を訴えるようになつたので、同年五月頃、国立病院その他の診断を受けた結果、前記頭部外傷によつて未だ頭部に陥没が残存し、これによる後遺症である旨診断され、爾来、投薬診療を受けたが、一時は脳波にも異常が存した事実を認め得る。このような事実と、本件事故の態様、当事者双方の過失の程度、その他諸般の事情を彼此対比すると、原告真弓の慰藉料は、その主張する金三〇万円を下らないものと認められる。

二、次に、原告昭次、同八重子も、原告真弓の両親として、同原告の前記受傷に基く慰藉料を請求するが、同原告の前記傷害の程度を以てしては、未だ原告昭次および八重子は、これが慰藉料を請求しえぬものと解するを相当とするので、同原告らの請求は容れ難い。

第三、被告の主張に対する判断

一、被告は、本件につき、原告は丹羽との間に示談解決をしている旨主張するが、この点に関する証人丹羽昭夫の証言は、未だ当裁判所の心証を惹かず、他にこれを認めるに足る証拠はないので、被告の該主張は採るを得ない。

二、次に、被告は、本件損害賠償請求権は、不法行為時たる昭和三六年三月一九日より三年の経過とともに消滅時効により消滅している旨主張するから、以下、この点につき判断する。

(一)  不法行為に基く損害賠償請求権は、被害者において加害者の違法行為及びこれによる損害の発生を知つた時より三年の短期消滅時効によつて消滅すべきことは、民法第七二四条の明定するところである。そして、原告真弓が昭和四〇年五月頃頭部後遺症の発生を知つたことは、前認定のとおりであるところ、同原告は、右時点において本件損害賠償請求権が発生した旨主張する。

(二)  一般に、実体法上、不法行為に基く損害賠償債権を如何に特定するかについては、諸説の区々に岐れるところではあるが、これが識別方法としては、まず、加害行為並びに被侵害権利ないし利益の異同によりこれを決するを相当とし、したがつて、加害行為が同一であつても、その被侵害権利が異る限り、両者は発生要件を異にし、別個の損害賠償請求権を構成するものと考うべきである。次に或る種の不法行為類型においては、その請求権の個別化は右の方法に限定されず、被侵害利益は同一であつても、その侵害の態様、発現形式が異り、一方が他方に比して顕著な特異性を帯有し、社会観念上これを異別に認むべきときは、これを指票に更に損害賠償請求権を細分化することも許されてしかるべきと解する。

ところで、凡そ、交通事故に基く頭部傷害は、受傷直後においては、その症状を的確に把握し得ず、現代医学を以てしても、にわかに将来の異常事態を予測し得ないのであり、初期においては加療の効を奏して一時的に快癒し、或は全治回復したとしても、後日に至り、突如後遺症の発生を見るべきことは、公知の事実である。したがつて、少くとも本件の如く、最初の傷害は治癒し、その後三年有余を閲して突如発生した後遺症の場合においては、これを最初の傷害と彼此対比すると、両者の関係は、単に同一の加害行為により同一の身体に生じた傷害である点で同質性を有するにとどまり、その発生の経過及び態様、機能障害の程度内容等は著しい差異を示し、むしろ、両者は社会観念上全く異質なものと観念するのほかはない。以上の如く、両者を別異な権利侵害として理解する限り、本件後遺症を理由とする損害賠償請求権は、頭初の傷害に基くそれとは、別個に発生し且つ存続するものとなすを相当としよう。

(三)  したがつて、本件損害賠償請求権の消滅時効は、原告真弓において右後遺症の発生を了知した昭和四〇年五月頃より進行すべきところ、本件記録によれば、同原告は昭和四一年一月二五日本訴を提起したことが認められるから、もとより右消滅時効は未だ完成するに由なきものである(なお、本件においては、右損害賠償請求権を一個と解するとしても、その消滅時効の起算点は、なお前記後遺症発見時であると解釈する余地があるが、右の点は論外とする)。

第四、結論

以上の次第であつて、原告真弓の請求は正当であるから認容すべきであるが、原告昭次、同八重子の請求は失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 山口正夫 可知鴻平 戸塚正二)

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